ZOROPPE

いつもじぶんにごくろうさん

十年だし巻き

【2009年9月10日の日記を再編集したものです】

だし巻き

私がまだ駆け出しだった十年前、今現在の三倍くらいは(業界全体的にも)仕事があったころの酒の席で、フリーの編集者を生業としていた先輩が「毎月なんとか食えるだけの仕事がありゃ、それで俺は満足だよ」とこぼしていたのを聞いて、せっかく独立したのになんだか寂しい話しないでくださいよ、なんて笑ったことがあったのですが、最近になってその先輩の言葉の意味が少しずつ分かってきた気がするのです。

たとえば、近ごろ私が自分で作っただし巻きのひと切れをやけに美味しく感じるようになったその理由として、玉子が一個だいたいいくらなのかという材料の価値を知るようになったこと、そしてカニカマを入れてみたり隠し味に「しょっつる」を使うなどしてだし巻きを美味しく作るための研鑽を積む時間(余裕)が持てるようになったことなどが挙げられます。

こうして出来上がっただし巻きを味わいながら私はふと思うのです。

毎日このだし巻き食えるだけの仕事がありゃ、それで俺は満足だよ、と。

こんな割に合わない仕事、来月こそ絶対に断ってやる! と血ヘドを吐くようなストレスを抱えながらも歯を食いしばりなんとかその仕事を終えたとき、ああ、俺よく頑張ったなという安堵の思いと同時に、なんていうか今保存したこのデータがしゃきんしゃきん音を立ててギャラに換金されたみたいな、背筋がぞくっと震えて鼻血をどばっと出しながら自分がどこかにぶっ飛んで行ってしまうように怖くて実はものすごく気持ちのいい瞬間があるのです。ギャンブルやらないんだけどそれってたぶんパチンコとかカジノとかで大当たりしたときもそんな感じなのだろうと思います。

フリーランスって、こういうことなんです。

だから言えるんですよね。明後日の方向を見ながらうわのそらでしかしにこやかに軽やかに「来月もお仕事よろしくお願いします!」って。

思えばこの十年、さまざまなものを失いましたが、おかげで美味しいだし巻きが作れるようにもなりました。

毎日このだし巻き食えるだけの仕事がありゃ、それで俺は満足だよ……

そう思うときはだいたい酔ってますし、なにより毎日だし巻きだけだなんてやっぱ嫌です。